旭橋、宗谷丘陵、サロマ湖、大雪山、摩周湖、美瑛の丘、ニシンなどの歴史や出来事を紹介

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旭橋、宗谷丘陵、サロマ湖、大雪山、摩周湖、美瑛の丘、ニシンなどの歴史や出来事を紹介

雑学(第一章)

北海道三大名橋のひとつで旭川を代表する橋・旭橋、稚内の宗谷丘陵、サロマ湖、北海道を直撃した唯一の台風の影響、摩周湖の魚、雄阿寒岳、美瑛の丘、鰊番屋などに関する歴史や出来事などを紹介。



強固なアーチ橋・旭橋


 旭川市のシンボル・旭橋  (旭 橋)
旭川の旭橋は、札幌の豊平橋、釧路の幣舞橋と並ぶ北海道三大名橋のひとつで当時は、その街に最も相応しい橋という事から選ばれた様です。

旭川を象徴する橋 旭橋。旭橋は、当時の橋梁建設技術の粋を集めて造られた橋で完成当時は、路面電車が走り橋を渡る際には車掌が御辞儀をしたり橋を渡る人々は橋を渡る際には脱帽して御辞儀をしたとも言われ、この橋が当時の旭川市民には大変貴重な橋であった事を物語るエピソードが沢山あります。特徴は、この橋の橋脚と鉄骨のアーチにあります。仮に橋脚が爆撃により破壊されても鉄骨のアーチにより橋は支えられて落ちる事がないように設計されています。只、現在では、当時と爆破力が違う為、破壊されると思いますが昔を偲ばせる歴史的建造物である事は間違いないと思います。


大火の産物・宗谷丘陵


 宗谷丘陵  (宗谷丘陵)
山火事の後は、木々が強風の為に育たない丘陵として有名で風力発電機が並んで建っている姿は結構迫力がありますよ。

最北の町とか国境の町とか呼ばれる稚内。稚内から日本の最北の地・宗谷岬附近まで広がる広大な宗谷丘陵。むかしは、鬱蒼と生茂る森が育っていたと言われていました。その森が消えた原因が宗谷丘陵で起きた自然発火による火事だと云われています。そこに宗谷海峡からの風にあおられた炎は森を焼き始め、雨も降らなかった事から多くの森を失ったと言われています。この火事により宗谷丘陵では、現在でも谷間を除き宗谷海峡からの強風により大きな木々が根付かず昔の様な森が出来ません。


春のサロマ湖


 サロマ湖 (サロマ湖)
日本で3番目に大きな湖で北海道の海の幸の代表格のホタテやカキの養殖もされている湖です。

日本で3番目に大きな湖・サロマ湖。今は、龍宮台でオホーツク海とつながっていますが昔は、第一河口だけしかオホーツク海につながっていませんでした。その第一河口も冬の間に流氷とオホーツク海の荒波により河口が砂で埋められて春になると雪解け水がサロマ湖に注ぎサロマ湖の水位が約2m位上昇した記録が残されています。アイヌ民族しかいない頃はサロマ湖は、今より遥かに多い水を湛えた湖だったのかもしれません。只、当時この地方に入植した人々は、春、流氷が沖に去る頃になると毎年、河口の工事をしてサロマ湖の水位を下げてサロマ湖を基点にオホーツク海へ漁に向かったと言われています。


台風により突如現れた見知らぬ山


 大雪山の山々  (大雪山の山々)
北海道の屋根と言われる大雪山。実は、大雪山と言う名の山は存在しません。主峰の旭岳を含め2000m級の山々が連なる地域を総称して大雪山と呼んでいます。

北海道を直撃した数少ない台風・洞爺丸台風。この台風による被害は、海だけでなく大雪山の山々にも多くの被害を残して通過して行きました。当時の様子を知っている人の話ですが台風が通過した翌朝、大雪山の山々を見ると見た事も無い山が聳え立っていて町内の人々が驚いていたと語ってもいました。当時の大雪山の山々の森がいかに深く大雪山の山々を覆っていたかが解るエピソードでもあります。ちなみにこの台風で倒された風倒木の量は、当時の北海道の木材使用量の約10年〜15年分に相当する量だと言われ一つの台風が一夜でこれほどの被害をもたらした台風は現在でも観測されていません。


摩周湖の魚


 神の子池  (神の子池)
霧の摩周湖と呼ばれる摩周湖の水が唯一湧き出している場所として有名な神の子池。神の子池の中には、清流の魚・オショロコマが泳いでいますよ。静かに見て頂けると見れると思います。

神秘の湖・摩周湖は、世界で有数の透明度を誇る湖ですがこの湖のも魚がいます。但し、自然に繁殖したものではなく人工的に放されたニジマスです。ことの起こりは戦時中に食料の確保が目的だとも言われていますがハッキリした事は解りません。只、ニジマスを放流したのはいいのですが摩周湖の水温が低い事が災いして摩周湖のニジマスは、他の湖に放流したニジマスと比べると同じ年数でも体長が半分しか育たない事が解って失敗に終わりましたが現在でも摩周湖の中にはニジマスが群れをなして泳いでいる事でしょう。


驚異の中島・雄阿寒岳


 阿寒湖  (阿寒湖)
周囲約30qのカルデラ湖で特別天然記念物のマリモが有名な湖です。マリモは、1897年に阿寒湖の尻駒別湾で発見されたのが最初で形から「マリモ」と名付けられたと言われています。ちなみに北海道では、6番目に大きな湖です。

マリモの眠る湖・阿寒湖は、雄阿寒岳の裾野に広がる湖となっていますが本来は、阿寒湖は現在よりはるかに広い湖であったと推測されています。それは雄阿寒岳が最初は阿寒湖の湖底から噴火を繰り返し隆起してきて阿寒湖の中島程度となっていましたが火山活動が終息することがなく隆起し続けた結果、現在の雄阿寒岳になりました。雄阿寒岳を見ると地球の火山活動のエネルギーの凄さを感じ取っていただけると思います。


氷河期の贈り物・美瑛の丘


 美瑛の丘の風景  (美瑛の丘)
北海道の中でも唯一、ヨーロッパの風景に近く丘陵の風景が美しい地域です。氷河期の雪解け水が長い年月をかけて創り上げた自然の作品とも言われています。見る場所や方向によって様々な風景が楽しめますよ。

北海道において最も北海道らしい雄大な風景が味わえる美瑛の丘は、氷河期の雪解け水が創り上げた芸術とも呼ばれ、丘をつかさどる稜線は、現在も氷河期に創られたままの形状です。この丘の風景が開発の波から残されたのもひとえに美瑛の農家の人々の努力と自然との共生を考え実行した事からだと言われています。実際に戦後、自衛隊の一部移転と演習地確保の計画が国により出され美瑛町が候補に挙がりました。もともと美瑛町の十勝岳連峰側は北鎮第七師団の兵隊が訓練と称して開墾した場所でもあった事からだと思いますが当時の町長を始め美瑛の町民が戦争の悲惨さや哀しみを再び味わう事を拒絶し自然と共に生きる事を選択した事が現在の丘の風景を維持している事だとも言われています。


栄華を極めたニシン


 ニシン番屋  (鰊番屋)
江戸時代、明治、大正、昭和と北海道の春に日本海沿岸を白く濁したニシンの群来。鰊番屋を中心に鰊漁が行われていた。また、北海道を代表する民謡として有名な「ソーラン節」は、鰊漁の網揚げの時に唄われた歌です。

北海道の日本海側に点在する鰊御殿。有名なのは小樽の旧青山別邸ですがここでは鰊についてお話し致します。鰊は、別名「春告魚」とも呼ばれ、春になり北海道の日本海側に最初に海の恵みをもたらす魚でもあった事からだとも言われています。鰊が全国にその名が知られる様になったのは正確には解らないのですが北前船が往来していた江戸時代の頃とも言われています。鰊は、俵物として加工され主に綿花栽培などの畑の肥料として運ばれていました。記録では、畑に撒く前と撒いた後では綿花の収穫量が2倍もの差となったとも記載されていますから当時の畑の肥料としての価値は高かったものと思われます。
鰊の名の由来は、アイヌ語で意味は解りませんが北前船が蝦夷地から運んで来た時に「ニシン」と名付けて売ったところ飛ぶように売れた事から鰊の名が全国に知られたとも言われています。現在では、鰊は、北海道では乱獲からあまり獲れなくなりましたが獲れた時代は、岸辺が産卵の為に海が白くなったとの記載もあり、漁獲量は凄く、一攫千金を狙う者まで出て失敗していく者も多かったと言われています。









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